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札幌地方裁判所 昭和28年(ヨ)313号 判決

申請人 本郷望外一六七名

被申請人 国

主文

申請人らの申請を却下する。

訴訟費用は申請人らの負担とする。

事実

一、申請の趣旨

被申請人が昭和二十八年十一月十一日申請人らに対してなした解雇の効力を停止する。

被申請人は、申請人らに対し解雇前の基準にしたがい、それぞれ所定の給与を支払わなければならない。

二、申請の理由

1、申請人らは、いずれも駐留軍千歳キヤンプに稼動する駐留軍労務者であつて、申請人らの雇傭主は被申請人、使用主は駐留軍である。

2、申請人らは全駐留軍労働組合(以下全駐労と略す)の下部組織である全駐労北海道地区本部千歳支部の組合員である。

3、被申請人は、昭和二十八年十月十日申請人らに対し、「極東米軍よりの調査団によつて最近行われた人員調査の結果、ある職場においては職場運営に必要な通常人員以上の人員が使用されていることが示された」との理由をもつて、同年十一月十一日解雇するとの意思表示をなした。

4、しかし、右の解雇は次の理由により無効である。

(イ)  被申請人の代表機関である調達庁と全駐労との間に締結されている労働協約第十五条第五号によれば、雇入及び解雇退職にかんする事項については労働協議会で協議決定しなければならない、と定められているのに、本件解雇は協議会の協議決定を経ないで一方的になされたものである。

(ロ)  本件解雇は、正当な理由なくなされたものである。即ち、本件の解雇理由は前項のとおり、ただ或る職場で人員過剰であるというだけであつて、解雇が一応無理からぬと一般にみられる程度の具体的理由は示されていない。労働者は、労働の権利を有する一方、現在の社会事情では解雇により直ちに生活を脅かされる立場にあるのであるから、かかる労働者を解雇しようとするには客観的に妥当な理由がなければならない。

(ハ)  本件解雇は、解雇権の濫用である。

被申請人が解雇の理由として示すところは前記のとおりであつて、これによれば、雇傭主である被申請人が自主的に判断した結果人員過剰であると認めたものでなく、使用主である駐留軍から一方的に人員過剰を理由に人員整理を要求されるや、その具体的事由を調査検討することなく申請人らを解雇したものである。申請人らは、日本国とアメリカ合衆国との安全保障条約第三条にもとずく行政協定第十二条により、国内労働法令によつて労働者としての権利を保護されるべきであるのに、被申請人が右のように駐留軍の一方的な要求を鵜呑みにして、単に「或る職場において人員過剰がある」との理由だけで解雇したのは、解雇権の濫用というべきである。

5、よつて、申請人らは被申請人を被告として解雇無効確認の訴を提起しようとするのであるが、右訴訟の確定をまつては、生活に多大の脅威を受け、回復できない損害をこうむるので、申請の趣旨記載の仮処分命令を求める。

三、申請人らの疎明方法〈省略〉

四、答弁

(一)  主文と同旨の判決を求め、申請の理由1及び3の事実ならびに4(イ)の中申請人ら主張のような労働協約の条項があることは認めるが、そのほかの事実は争う。

(二)  申請理由の4(イ)について。

(い)  労働協約第十五条第五号の、「雇入及び解雇、退職にかんする事項」とは、雇入解雇等にかんする一般的な基準をいうもので、具体的な解雇を指すものではない。このことは、協約第十四条の文意及び第十五条の規定の仕方からもうかがわれるのであるが、また駐留軍労務者の特殊な雇傭形態即ち労務者は日本政府が雇傭するが、使用主は駐留軍であるといういわゆる間接雇傭の特殊な性格にかんがみ、人員整理の要否、整理人員数などについては、使用主たる駐留軍の要求に対し、日本政府は実際上ある程度これに応ぜざるをえない立場にあるのであるから、かかる事項を組合側と日本政府の協議決定を要する事項に含まれると解すべきでないことは当然である。しかして、解雇にかんする一般的基準を協議決定したものに、「人員整理の手続にかんする臨時指令」があり、本件解雇はこの指令に従つてなされたのであるから、協約第十五条にてい触するものではない。

(ろ)  かりに、右の条項が具体的解雇を含むものとしても、被申請人は本件の解雇について組合側と協議を行い、組合側の要求により再三現地駐留軍及び極東軍司令部に対し人員過剰と認めた詳細な根拠の明示を求めたが、軍側からは、日本及び北海道の特殊事情に応じて合理的に整理人員を算出した、との回答しか得られず、そのため組合との協議もととのうにいたらなかつたもので、被申請人は前記のような間接雇傭の特殊な性格の許す範囲で、誠意を尽して努力したのであるから、協議会の決定が成立するにいたらないで解雇したとしても、協約違反の責を負うものではない。

(は)  さらに、本件解雇が労働協約第十五条に違反するとしても、右のような条項は、個々の労働者の労働条件を定めたものでなく、いわゆる規範的効力を有しないから解雇を無効ならしめるものではない。

(三)  申請理由の4(ロ)及び(ハ)について。

解雇には正当な理由を必要としない。これを必要とするとしても、右のように駐留軍が人員整理の具体的根拠を明示することなく、あくまで解雇を要求したのであるから、駐留軍において人員過剰と認めたということのみで解雇の正当な理由となるものであり、また解雇権の濫用にもならないと考える。

(四)  さらに、本件解雇に申請人ら主張のようなかしがあるとしても、申請人らは、いずれも解雇後被申請人に対して、退職手当及び失業保険金受領の手続を依頼し、これらの給付を受領しているから、解雇を承認したものであり、したがつて雇傭関係の存続を前提とする本件の仮処分申請は不当である。

(五)  また、申請人らはいずれも右のとおり退職手当、失業保険金の給付を受けているから、仮処分の必要性はない。

五、被申請人の疎明方法〈省略〉

理由

申請の理由1及び3の事実については、当事者間に争がなく、同2の事実は成立に争のない疎甲第十五ないし十七号証によつて明らかである。

そこで本件解雇の効力について考える。

A  労働協約第十五条に違反するとの申請人らの主張につき。

日本政府の代表機関である調達庁と全駐労との間に締結され、現に効力をもつ労働協約第十五条第五号に、申請人ら主張のような定めがあることは当事者間に争がない。また、本件解雇が、協約第十五条に定める労働協議会の協議決定を得られないままなされたことも、被申請人の明らかに争わないところである。そこでまず協約第十五条第五号の主旨が、単に解雇の一般的基準についてのみ協議決定すれば足るのか、それとも具体的に個々の解雇の要否、理由、解雇人数、その方法などをもその対象とするのか、という点について考察する。成立に争のない疎乙第十九号証の一、二、疎甲第二号証及び証人木人芳美の証言を綜合すれば、右の現行労働協約は、全駐労の前身である全国進駐軍労働組合同盟と特別調達庁との間に締結されて昭和二十五年一月二十七日から実施された旧労働協約の内容の一部を改正して、昭和二十七年十月二十七日から施行されたもので、現行協約第十五条第五号と同旨の規定は旧協約にも存在し、旧協約のその条項の主旨につき協約当事者間において、「労働協議会で協議する事項はいわゆる基準のみであつて個々の労働者の給与その他の具体的な取扱いは政府側が決定する主旨である。」との解釈がとられていたことを推認することができる。しかして、現行労働協約第十五条の解釈を、特にこれと別異にすべき理由は見当らないし、前記疎甲第二号証によつて、協約第十四条、第十五条の規定の関連と、第五条に人事権が政府側にあることを特に確認した文言のあることを考えれば、このような解釈をとることが、現行労働協約においても適切であるということができる、かように解すれば、解雇の一般的基準について労働協議会で協議決定しなければならない、ということは単に、基準を定めるばあいには協議の上で定めるということを意味するにとどまり、解雇の事由、員数、人選、手続、条件などのうち基準的な事項のすべてを協議決定しなければ解雇できないという主旨ではないと解するのが相当である。したがつて、成立に争のない疎乙第三号証及び証人川島博、木下芳美の証言によつて、労働協約第十五条の協議決定事項に該当すると認められる「人員整理の手続にかんする臨時指令」が、人員整理のばあいにおける人選手続についてのみ規定して、いかなる場合に、どれだけの人数を解雇するか、を定めていないとしても、現に定められた事項のみを遵守して解雇を実施すれば足り、特にそれ以外の事項について、新たに協議決定を経る必要はないものということができる。しかして、本件解雇が、右臨時指令の規定に従つて行われたことは、申請人らの明かに争わないところであるから、(被申請人の前記(ろ)(は)の主張を判断するまでもなく)労働協約第十五条に違反した無効な解雇であるとの申請人らの主張は採用できないのである。

B  本件解雇は正当な理由がなく、また解雇権の濫用であるとの申請人らの主張につき。

労働者の解雇は正当な理由がなければできない、とする法令はないから、例えば借家法第一条の二に規定するような主旨の正当な理由は必要としないものといえる、さればといつて雇傭主の意のままに解雇しうるものでないこと勿論であつて、解雇の事由についても公共性にもとずく社会的妥当性が要求される。このことは結局、解雇権の行使が信義にしたがい誠実になされなければならないことを意味するのであるから、解雇に正当な理由がないという申請人らの主張は、解雇権の濫用の主張と同一に帰する。

そこで本件解雇が、被申請人の権利の濫用によるものかどうかを考えてみる。成立に争のない疎乙第四ないし六号証、第十一ないし十五号証、第十七、十八号証及び証人川島博の証言により真正に成立したと認める疎甲第十三号証ならびに証人染野清治、矢田位、木下芳美、川島博、芦田勇の各証言を綜合すれば、「被申請人側は、昭和二十八年九月二十五日頃、千歳キヤンプにおいて駐留軍労務者の人員整理が行われることを聞知し、現地駐留軍担当官に対し、人員過剰の具体的根拠の明示と全施設にわたる配置転換による出血人員の減少ならびに日本側機関による職場実態調査などを要求して折衝を行つたが、その回答を得られず、同月二十八日駐留軍より、労務者三百二十二名についての人員整理要求書を受領した。同年十月五日及び十日の二回にわたり労働協議会を開催して、組合と協議を行い、組合から人員整理の具体的理由と根拠の説明を求められたけれども、駐留軍がこれらの事項の発表を拒否し、また日本側機関による職場実態調査も許可できないと回答したため、労働協議会は成立にいたらないまま、被申請人は前記臨時指令にしたがい同月十二日附で申請人らを含む整理対象者に解雇予告をなしたのである。その後も主として組合からの発議によつてではあるが、北海道知事と現地軍との間及び調達庁長官と極東軍令部との間に、それぞれ整理人員の減少と整理事由の明示について折衝が行われ、結局整理事由についての明示は得られなかつたが、整理人員は配置転換、希望退職などにより二百九名に減少することができ、組合側も知事ならびに道渉外課の努力を認めた」という事実が疎明されるのであつて、被申請人は自主的判断により人員過剰であると認めたものではないけれども、いわゆる間接雇傭という変則的形態と、使用主が外国軍隊であることに基因する諸制約の中にあつてできる範囲の努力を払つて解雇理由の解明に意を用いたものといつて差支えないであろう。

しかして、成立に争のない疎甲第一号証によれば、被申請人は米国政府の要求により、その必要とする労務を、補償を得て提供するものであり、これらの労務者を引続き雇傭することが米国政府の利益に反すると米軍担当官が認めたばあいは直ちにその人員を解雇され、米国政府の担当官が行う解雇の決定は最終的のものとする旨の労務基本契約による義務を負担しているのであるから、使用主である駐留軍から人員整理の要求があつたばあい、その要求に対し政治的な折衝を行う余地はあるとしても、最終的には整理人員に相当する労務の提供を中止し、その分の補償を受領する権利を失うにいたるのであるから、それにもかかわらずなお自己の費用をもつて労務者の雇傭を継続する特別の事情でもないかぎり、これを解雇せざるをえない立場にあるということができる。

これらの事情をあわせ考えれば、被申請人が申請人らに示した解雇の理由ならびに、解雇にいたるまでの被申請人のとつた措置は、万全のものではなかつたとしても、客観的に是認しうる程度のものというべきであつて、これをもつて解雇権の濫用とみることはできないのである。申請人らのこの点の主張も理由がない。

以上申請人らが解雇の無効を主張する事由はいずれも採用できないからそのほかの争点について判断するまでもなく、申請人らの本件申請を失当として却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 猪股薫 中村義正 杉山克彦)

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